2018年6月アーカイブ

こんにちは、門脇育代です。

6月も終わりに近づいてきました。これまで時間を有効に使えていたんだろうかと、過ぎた日々を振り返っています。そしてここからが本番と気持ちを引き締めて暮らしていこうと思います。

ところで、夫が昨年種を蒔き、育ててきた小麦が収穫期を迎えたので刈り取りました。

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実をいいますと、これは実を収穫して何かにしようと思って育てていたのではなく、他の野菜を育てるのにいわゆる敷きわらにしようと思っていただけだったらしいのですが、うちの父や近所のおじさん達が「これでうどん作ったらええわ、そやけど粉にするのは大変やな」とか、「昔これガムみたいに噛んだわ」とか色々言ってくれますので、少しでも期待に応えようとした考えた末、麦茶が一番簡単でおいしいかもということになりました。

白いのが焙煎前、黒いのがフライパンで弱火で焙煎したもの

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鍋で湯をわかし、ここに焙煎した麦を入れて弱火で10分ほど煮てそのまま冷まします。

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飲んでみた私の感想ですが、市販のパック入り麦茶よりおいしく感じられます。
商品としては無理でも家庭で楽しむ分には充分なお味です。

たくさんありますので、今年の夏はこれで乗り切ろうと思っています。

誠陽建設株式会社


こんにちは、門脇育代です。
相変わらず梅雨らしいお天気が続いて、何となく肌寒く感じます。
着るもので上手に体温調節しましょう。

ところで先日読売新聞におもしろい記事が載っていました。
その記事をそのまま書いてみたいと思います。

縄文時代の竪穴住居と言えば、茅が葺かれた姿が教科書などでおなじみだが、近年、「土」の屋根での復元が増えている。
実は、過去に縄文時代の住居から茅葺きだった痕跡が見つかった例はなく、一方、土屋根の可能性がある住居跡は岩手や青森県の遺跡で見つかっている。
縄文時代の「常識」に変化が起きている。

これは岩手県一戸町の御所遺跡で焼失した竪穴住居跡を調査したら、通常なら腐ってなくなる木の部分が炭化したため残っていたが茅はなく、焼けた土が部材の間に堆積していた状況などからこのように判断したとのことです。

また、ガラス質が含まれる茅を、金属器がなかった縄文時代に大量に刈るのは技術的に難しいからだとも書いてあります。

これを根拠に北海道や富山県、神奈川県などでも屋根部分を土で作る復元が行われいるそうです。

ではなぜいつも目にする茅葺きになったかというと、登呂(とろ)遺跡の竪穴住居の設計をした建築史家が、後世のたたら製の小屋を参考に茅葺きにしており、「想像」での復元だったと明かしているそうですが、その例が全国へ広まりイメージが定着していったかららしいのです。

今後、各地で復元竪穴住居の建て直し時期を迎えるそうですが、各地で以前とは少し違った縄文風景が見られるかもしれません。
私は宇陀市で復元竪穴住居を見たように記憶しているのですが、あそこもそうなるかもしれません。

誠陽建設株式会社

こんにちは、門脇育代です。

昨日は梅雨らしい雨模様でした。今この季節にふさわしい花、アジサイが事務所の玄関前できれいに咲いています。

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さて、先日の日曜日に大和郡山の町を歩いてきまた。少し前にBSでピエール滝の、「城下町へいこう」という番組がありましたが、大ファンでした。

その日は橿原神宮前に車を停めておき、近鉄で向かいました。郡山の町は昔の町割りが残っており、狭い道が多いように思います。

城跡へ行く途中にも立派な石垣がそこここに見え、本当にワクワクしました。
復元された櫓、追手門がたいへん立派で、この門をくぐって城内に入りました。

IMG_1064.JPGのサムネール画像
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上がったっところは広場になっており、そこからはかつて天守閣が建っていた天主台を眺めることが出来ます。

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写真の石垣の左の方の一番下のあたりに、どうみても自然の石の形ではない、人工的に四角く平にしたものが集中的に配置されているところがあります。

説明によるとこれは墓石、地蔵、祠などを石垣に用いた転用石と呼ばれるものだそうです。築城時のすさまじさが伝わってきます。

柳沢文庫の横を通って天主台へ向かいました。天主台前には藩主柳沢氏を祀る柳沢神社があります。
この時ちょうど白いベンツがここに上がってきましたが、ここで交通安全のご祈祷をしてもらうようでした。

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天主台です。

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上に上がらずこのまま右の方に歩いていくと、石垣の中にお地蔵さんが逆さまになっているのが見える場所がありました。かわいそうにどこからか持って来られて、ここで石垣にされてしまったのです。

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説明板がありました。

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毎年供養のために法要が営まれると書いてありました。それにしてもお城を作り上げるためにすさまじいことをしたんですね。

天主台に上がって辺りを見渡してみると良い景色が広がっています。お殿様もご覧になったことでしょう。

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ここ以外にも豊臣秀長の墓所である大納言塚や、藩主柳沢家の菩提寺である永慶寺、紺屋町などを見て回りました。

大和郡山は城下町の風情が残るよいところで、時間があればもっとゆっくりできたのにと思いつつ帰途につきました。

誠陽建設株式会社

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