縄文時代の竪穴住居 実は土屋根?

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こんにちは、門脇育代です。
相変わらず梅雨らしいお天気が続いて、何となく肌寒く感じます。
着るもので上手に体温調節しましょう。

ところで先日読売新聞におもしろい記事が載っていました。
その記事をそのまま書いてみたいと思います。

縄文時代の竪穴住居と言えば、茅が葺かれた姿が教科書などでおなじみだが、近年、「土」の屋根での復元が増えている。
実は、過去に縄文時代の住居から茅葺きだった痕跡が見つかった例はなく、一方、土屋根の可能性がある住居跡は岩手や青森県の遺跡で見つかっている。
縄文時代の「常識」に変化が起きている。

これは岩手県一戸町の御所遺跡で焼失した竪穴住居跡を調査したら、通常なら腐ってなくなる木の部分が炭化したため残っていたが茅はなく、焼けた土が部材の間に堆積していた状況などからこのように判断したとのことです。

また、ガラス質が含まれる茅を、金属器がなかった縄文時代に大量に刈るのは技術的に難しいからだとも書いてあります。

これを根拠に北海道や富山県、神奈川県などでも屋根部分を土で作る復元が行われいるそうです。

ではなぜいつも目にする茅葺きになったかというと、登呂(とろ)遺跡の竪穴住居の設計をした建築史家が、後世のたたら製の小屋を参考に茅葺きにしており、「想像」での復元だったと明かしているそうですが、その例が全国へ広まりイメージが定着していったかららしいのです。

今後、各地で復元竪穴住居の建て直し時期を迎えるそうですが、各地で以前とは少し違った縄文風景が見られるかもしれません。
私は宇陀市で復元竪穴住居を見たように記憶しているのですが、あそこもそうなるかもしれません。

誠陽建設株式会社

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