焼き菓子屋 コト菓
奈良県は大宇陀市
山あいの、緑豊かな田園に、明治の頃から佇む母屋と蔵。
その蔵を建て替え、焼き菓子屋を併設した、四人家族の新しい暮らしの場をつくりました。
出会いは一冊の雑誌でした。
弊社の記事を見つけてくださり、「我が家」を見学に来られたのが始まり。
奈良県中の工務店を巡り、最後に訪れたのが私たち。
そして「この空気感がそのまま欲しい」と、迷わず設計をご依頼いただきました。
奥さま・亜希さんの趣味は焼き菓子作り。
最初は「家の片隅に、小さな工房があれば…」という控えめなご希望でした。
けれど、交わす言葉のひとつひとつから伝わるのは、趣味を越えた、焼き菓子への深い愛情と探究心。
今はまだか細くとも、確かに根を張る、凛とした意志がありました。
その想いに気づいたとき、私たちの気持ちも自然と決まりました。
「趣味」ではなく「お店」として始めよう。
誇りをもって焼き菓子を届けられる場所を、共につくろう。
そうして、住まいづくりと並行して、お店づくりのプロジェクトが静かに動き始めました。
店舗は、暮らしとはまた違った設計の視点が求められます。
空間の雰囲気、商品の見せ方、素材の選び方、すべてが“世界観”を形づくる要素です。
お菓子の試作を一緒に味わったり、気になる店を訪ねて見てまわったり。
不安や葛藤も分かち合いながら、言葉を交わし、理想を重ね、着工までの1年半をともに歩みました。
私たちは、任せきりにしないことを大切にしています。
膝を突き合わせ、きちんと話し合うこと。
ときに意見が交差しても、諦めず、理解し合うこと。
その積み重ねが、互いの解像度を高め、心から納得できるかたちへと導いてくれます。
設計は、かつての蔵のシルエットを引き継ぎ、母屋と呼応する佇まいに。
解体された蔵にあった古材は、クライアントご自身の手で磨き上げられ、新しい建物にそっと組み込まれています。
店内と住まいには、亜希さんの焼き菓子から伝わる空気。
「素朴で懐かしさを感じさせる、さりげなく心に寄り添うようなやさしさ」
その雰囲気を、そのまま込めました。
自然素材のぬくもりに満ちた、やわらかく凛とした空間です。
また、子育てと両立しながら製造・販売に打ち込めるよう、動線や収納、作業のしやすさにも配慮しました。
小さな面積の中に工夫を凝らして生まれた螺旋階段や屋根裏スペースは、日々の暮らしの中で、家族の気配がやさしくつながる居場所になりました。
願わくば、これからもずっとこの宇陀の地で。
焼き菓子の香ばしい香りと、あたたかなご家族の時間が、やさしく町に満ちていきますように。